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川田美術陶板の川田裕康です。『手に温もり、時をつなぐ陶板』をテーマに、吟味し、自信を持ってお勧めできるものだけをお届けいたします。

小松砂丘原画 春日山窯図 陶板


小松砂丘原画 春日山窯図 陶板を制作するにいたった歴史的背景

それには、九谷焼の歴史について振り返らなければなりません。
九谷焼の歴史の概略は、以下の通りです。

1.古九谷
大聖寺藩
領の九谷村(現在の石川県加賀市)で、良質の陶石が発見されました。
それを機に、藩士の後藤才次郎先進地の有田へ技能の習得に赴かせました。
帰藩後の明暦初期(1655年頃)、藩の殖産政策として、始められましたが、約50年後(17世紀初頭頃)突然廃窯とったのです。

九谷焼始祖「後藤才次郎紀功碑」(左)と「古九谷窯址」(右)、加賀市山中温泉九谷町

国の史跡・九谷磁器窯跡、
加賀市山中温泉九谷町


青や緑を多用した華麗な色使い(青手九谷)と、大胆で斬新な図柄が特色の「古九谷」と呼ばれる初期色絵作品群の産地については、戦前から1960年代にかけて「九谷ではなく佐賀県の有田で焼かれたものである」という説が主張されはじめました。

有田の窯跡から古九谷と図柄の一致する染付や色絵の陶片が出土していること、石川県山中町の九谷古窯の出土陶片は古九谷とは作調の違うものであったことなどから、「古九谷は有田の初期色絵作品である」との説が有力となったのです。

しかし、1998年、九谷古窯にほど近い九谷A遺跡から、古九谷風の色絵陶片が発掘されたことから、「複数の産地で同一様式の磁器がつくられていた」可能性を探るべきだとの意見もあり、産地問題はいまだ決着を見ていません。

といわれています。



2.再興期


(青木木米が春日山で築いた窯の様子を小松砂丘が描いたものです。
製土、成形、登り窯などの製陶の様子が生き生きと描かれています)


古九谷の廃窯から、約一世紀後の文化4年(1807年)
加賀藩が京都から青木木米(あおきもくべい)を招き金沢の春日山 (現在の金沢市山の上町)に春日山窯を開かせました。
それを皮切りに、数々の窯が加賀地方一帯に興りました。
これらの窯の製品を「再興九谷」といいます。

同じ頃、能美郡の花坂山(現在の小松市八幡)で、新たな陶石が発見されました。
今日まで主要な採石場となっています。
これらの隆盛を受け、それまで陶磁器を他国から買い入れていた加賀藩では、
文政2年(1819年)に磁器を、翌年に陶器を、それぞれ移入禁止にし、
九谷焼の振興保護に努めました。

青木木米(あおきもくべい)は明和4年(1767年)京都に生まれました。
若くして高芙蓉に漢学、篆刻を学び頭角をあらわしました。
29歳の時、木村兼葭堂の書庫での朱笠亭が著した『陶説』を読んで感銘を受けて作陶を志し(後に木米は『陶説』を翻刻する)、奥田頴川(えいせん)に入門。
30歳を境に京都・粟田口に窯を築き、評判を得ました。
そして5年後には加賀藩前田家の招聘を受け、絶えていた加賀九谷焼の再生に尽力したのです。
陶工としては煎茶器を主に制作しました。
白磁青磁赤絵染付などその作域は幅広いものがあります。
中国古陶磁への傾倒から、中国物の写しに独自の世界を開いたりもしました。
文人画系統に属する絵画にも秀作が多く見られます。
自伝的陶磁論『上奥殿候書』も執筆しました。
。天保4年(1833年)死去。享年67。

永樂保全仁阿弥道八とともに京焼幕末三名人とされています。


春日山焼 窯跡
 『金澤九谷陶開木米窯址』 
【文化4年(1807年)11月、京都の陶工 青木木米の指導で開かれた窯跡で、文政初年(1818年)頃まで製陶された。
平成10年10月 金沢市教育委員会】
と木札に記されています。




石碑裏には發企 森山町公民館 金沢陶業団有志と刻まれています。
金沢陶業団有志には現在の金沢九谷振興協同組合の中心的役割を担った方々が
多く含まれています。

小松砂丘氏の篆題 とあります。
この小松砂丘さんの春日山窯図を復刻し陶板に焼き上げました。



再興期の主な窯元

括弧内は開窯時期

春日山窯は京風、若杉窯は有田風、吉田屋窯は古九谷風を得意としました。
春日山窯開窯以前の天明年間に、ほぼ同じ場所で越中国城端の焼物師、殿村屋和助という人物が窯を開いていた記録があるが、どのような焼物であったのかは、判っていません。

3.中興の祖

九谷庄三(くたにしょうざ、文化13年(1816年)-明治16年(1883年)は、寺井村(現在の能美市寺井町)の農家に生まれました。
17歳の時に小野窯に陶匠として招聘されました。
後に窯業の指導に諸国から招かれるが、能登の火打谷(現在の志賀町)で、能登呉須と呼ばれる顔料を発見。
後の九谷焼に多大な影響を与える。
26歳で故郷に戻り寺井窯を開きました。
西洋から入った顔料を早い時期から取り入れ 彩色金欄手を確立し、庄三風と呼ばれる画風は後に西洋に輸出される九谷焼の大半に取り入れられることになりました。


4.新九谷

明治時代に入り、九谷焼は主要な輸出品となり、1873年のウィーン万国博覧会などの博覧会に出品されると 同時に西洋の技法も取り入れました。
1872年頃から型押しの技術が九谷焼にも取り入れられ1892年頃から、獅子を始めとする 置物の製作が盛んとなりました。大正時代になると型が、石膏で作られるようになり量産化が進みました。

また、明治維新による失業士族の授産施設として1872年(明治5年)に誕生した金沢区方開拓所製陶部は、砂子吉平、初代諏訪蘇山等の参加を得て成果を上げ、1876年(明治9年)には、石川県勧業場と名を改めました。
1887年(明治20年)金沢工業学校(現在の石川県立工業高等学校)が開校し、次代の陶芸家が育成されるようになりました。

5.作風

  • 飯田屋風 ー天保の頃、宮本屋窯の飯田屋八郎右衛門が焼いた赤絵のものを赤九谷とも言う。
  • 古九谷風 ー赤・黄・青(緑)・群青・紫の五色を使った重厚な五彩色の構図が特徴である。
  • 木米風 ー赤地の上に中国風の人物画が描かれる。
  • 吉田屋風ー 古九谷風で使われる五色のうち赤色を使わない。青九谷とも言う。


6.現代の作家

7.九谷の地名の由来

九谷の地名は古くからの山中温泉を1番目、大聖寺川上流へ旧西谷村栢野大杉がある村落を2番目とし9番目の村落を九谷とした、また『加州名跡誌』に拠れば「山広く方五里にわたり谷深くして九百九十九谷あり、略して九谷という」とあり、その地元伝承や谷が多く最高数字の九とした説がある。

2005年平成17年)8月完成(2006年(平成18年)3月竣工)の大聖寺川上流の九谷ダムによって出来た湖を一般公募から「五彩湖(ごさいのうみ)」と名付けたが、古九谷の地元であり、その特徴である五彩色にちなむものであります。


金沢最後の文人 小松砂丘と春日山窯図



小松砂丘(1896〜1975)は本名「為一」、能登に生まれ木地師を生業に金沢で暮らしました。
俳句、画、文筆に優れ、県俳人協会長、県俳文学協会の顧問を努めた人物でもあります。香林坊の辻に立つ「明暗を香林坊の柳かな」の句碑は有名で、又各地に彼の句碑があります。
大変お酒好きでもあり、飲んだお店に自分の作品を残していくなど、金沢の街を歩けば砂丘の画にぶつかると言っても過言ではないほど、たくさんの作品を生み出しました。
生涯で世に送り出した作品は40万点とも50万点とも言われたそうです。

テレビ金沢の石川大百科で小松砂丘氏についての探訪番組が放送され紹介されています。


ご紹介します陶板は金沢九谷振興協同組合が所蔵する小松砂丘の筆による
春日山窯図を金沢九谷振興協同組合40周年記念に復刻制作したものです。


〜文化三年京都より青木目米金沢に来たり。

宮本?喜左衛門 松田平四郎等迎ふ。

陶土を研究して文化四年春日山に窯を築き、藩の補助を受く。

石川?剣門の氷紋土 能美郡瀬木埜青??羽龍 釉石二股の?瑠璃

育王の白灰 帝慶の黄泥 黄黒塊 紫泥を用い萬有七八千を焼成せり。

と これより九谷焼の歴史連綿として今日に及ぶ。後為犬項古九谷窯絶して

百五十年この間白紙。沓として知るの由なし。木米こそ九谷中興たるべし。

春日山帝慶窯図 戊戌つちのえいぬ一月

砂丘作畫


焼き物つくりの様子が生き生きと描かれてます。

小松砂丘氏の春日山での九谷焼再興の記述も興味深いものがあります。
こげ茶の木製額に九谷赤絵の朱色と金彩をイメージして額縁台紙としました。


金沢九谷振興協同組合40周年記念に復刻制作した小松砂丘画 春日山窯図木米陶板

「小松砂丘画 春日山窯図木米陶板」  額装
商品番号kasuga1
陶板サイズ23×29.5×0.7cm 
額サイズ 32×41×3cm 太子サイズ
在庫のない場合は1週間から2週間納期がかかることがございます。
お急ぎの場合は予めご確認ください。

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価格 ¥38,850税込

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販売業者名
■有限会社 川田美術陶板 ネット店舗名 陶板専門店 川田美術陶板
住所
■〒924-0843   石川県白山市安吉町198番地
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