| 泉 椿魚 (いずみ・ちんぎょ) 略歴 本名 泉 正勝 昭和18年、中国の北京にて生まれる。 終戦とともに帰国。山口県豊浦町小串で小学校五年までを過ごす。 父の仕事の都合で下関に転居し、高校を卒業。 デザイナーを志望し武蔵野美術大学を受験中、 父の急死のため家業を継ぐが、 自分の夢を捨てきれず九州のデザイン会社に就職。 倒産、閉鎖などを繰り返し、ついに20年前、妻子故郷を捨て博多を出奔。 転々と居を移しながら日本海沿いに北上の旅を続けている。 その途中、地元のひとびとのふれあいの中から町おこし、村おこしで異才を発揮。 輪島・金沢・酒田・利賀村などに多くの足跡を残している。 著書に『人生最後に笑えれば』(小学館文庫)がある。 ―以上 泉椿魚著『風のごとく生きる』(パルス出版)平成15年発行 より抜粋― 平成19年9月現在 山形県鶴岡市羽黒町に住み自由奔放な書画・戯句の創作に励みながら 町おこし村おこしに奔走している。
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以下『椿魚のひとり言』より 十数年前、すべてのしがらみを絶ち、犬3匹を連れて福岡・博多を発ち、日本海を沿って北上。 見知らぬ町や村に立寄りながら、人と自然を吾の師とし「詩画の道」を歩んでいます。 現在58歳、未だ「ひよっこ」。雪深い富山県の五箇山・利賀村で、廃校となった小学校の分校を、 「椿魚の流星庵」とし、村の方々の暖かいご支援の中で生かさせていただいています。 自分の半生、人間として生きてこられた道を振り返りながら、旅で出会った見知らぬ人・自然を、 更なる師とし、今日から始まる新しい出合いに期待を膨らませ、感性のおもむくまま、戯句・陶芸・ 絵画・漆芸などに明け暮れる日々。椿魚の「戯遊詩画人」としての足跡を、その地に残させて いただけることに、深く感謝し喜んでいます。 過去、金沢「東廓・懐華樓」の修復工事の設計・デザイン・プロデュースをはじめ、 金沢料亭旅館「滝亭」の俳諧処「春夏庵」「秋冬庵」、金沢の「石引き祭り」、 利賀村そばの郷「雪の庄屋」、富山県氷見市にある民宿「磯波風」の大広間の 陶板画製作などのデザイン・プロデュース、そして山形県酒田市で江戸時代から 栄えた料亭「相馬屋」を修復し、新たな観光名所「舞娘茶屋・雛蔵画廊」『相馬 樓』の修復工事の設計・デザイン・プロデュースなどを、手掛けさせていただき、 平成14年3月、5年間住み慣れた利賀村に、逗留の宿・天竺温泉の郷館内に、 椿魚の「山のてっぺん美術館」を開館させていただき、心より深く感謝いたし ております。旅の途中、さまざまな人との出逢いから始まる椿魚の莫迦な夢。そ れがかなうのも人様との良きご縁の賜物です。 「人生 良きご縁 雪だるまの如し」 「月よりも 星より綺麗 人の愛」 これは椿魚の人生句でありテーマのひとつです。 −フォト・エッセイCD 越中・五箇山 利賀・おこころ燦燦の詩『人生最後に笑えれば』より−
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